さて間が空きましたが、前回からの続きで「美味しい」の窓口は五感のどこなのかということを考えてみます。
「触覚」はどうでしょうか。あまり関係ないような気がしますが、料理をする上で「テクスチャ」は非常に重要視する部分です。
「カリカリのベーコン」「フワフワのオムレツ」「トロトロのプリン」など、食感は料理のイメージをダイレクトに左右させます。オノマトペの多い日本語ではなおさら食感は大事で、例えば英語の「crispy」ひとつとっても、ベーコンをじっくり焼いてその脂を使って「カリカリ」にするのか、脂を適度に除き水分を乾燥させて「パリパリ」にするのか、はたまた衣を纏わせて「サクサク」にするのかで、全く完成のイメージが変わってきます。
続いては「聴覚」です。さすがに聴覚は関係ないのでは、と思われた方もいると思いますが、実は聴覚も味を左右することがわかっています。
オックスフォード大学の行動心理学教授であるチャールズ・スペンス氏は、「料理界の錬金術師」の異名を持つイギリス「ファット・ダック」のヘストン・ブルーメンサル氏と共に「音楽が料理に与える影響」を研究しています。
「ジャズを聴きながら食事をするよりも、ロックを聴きながら食事をする方が、4%辛味が増す」や
「テンポの早い音楽や調子が外れた音楽は酸味を強く感じさせる」や
「イタリア料理にはヴィヴァルディが、寿司にはルイ・アームストロングが合う」など
これらは全て実験から導き出されたものであり、事実として聴覚が料理に与える影響が小さいとは言えない結果が出ています。
また2014年にはブリティッシュエアウェイズが「サウンドバイト」というメニューを導入して長距離飛行中の乗客にオプションとして「調味料としての音」を用意しました。
これは気圧の低い機内において人の味覚が低下する(飛行機内の食事を楽しめないのは機内食のせいだけではない)ことを補うために考え出されたもので、その食事をより美味しく食べてもらうための「音」を提供する、というものです。
汎用的には「ソニックシーズニング」と呼ばれ、機内や病院、また最先端ガストロノミーにおいて活用されています。
音響の仕事をしていた私にとっては非常に興味深い分野です。
最後は「視覚」です。「視覚が美味しさを左右する」ということは多くの方が同意されるかと思います。
現状「映える」が食の重要事項になっている点を鑑みても、視覚の重要性は理解できます。
前述のチャールズ・スペンス氏の実験においては
「苺のムースは黒い皿で提供した時よりも、白い皿で提供した時の方が甘味が10%増す」や
「白ワインを赤に着色すると、ソムリエでも赤を連想させる言葉でワインを表現する」
などの結果が出ています。
他にもイギリスの菓子メーカー「Cadbury」は以前、代表的なお菓子であるチョコレートバーの形を刷新し角に丸みをつけたところ、製法は全く変わっていないのに「以前より甘くなった」という抗議の電話を受けた、という事例や
アメリカの長期療養施設で行われていたある研究において、コントラストの強い皿とグラスを用いた結果、食べ物の消費量は25%、飲み物の摂取量に至っては84%も増加した、という事例などがあります。
最後に、1世紀頃のローマの食通アピシウスは「 最初の味は目で感じる 」と語っています。
以上「触覚」「聴覚」「視覚」、そして前回の「味覚」「嗅覚」と「美味しさ」の関係について考えてみました。どれもが「美味しさ」に関係し、どれもが相互関係にあることがわかります。
次はその情報をまとめる「脳」について龍谷大学農芸化学教授の伏木亨氏の著書と、チャールズ・スペンス氏が提唱する「ガストロフィジクス」について書いていきます。