料理人の矜持 その7

カサミラ

私が25歳の頃に3か月間住んだバルセロナはガウディのほとんどの作品がある街で、有名なサグラダファミリアやグエル公園は言わずもがな、私の住んでいた場所から徒歩5分のところにはあまり知られてはいませんが世界遺産のカサビセンスがある、などもはや生活風景の一部としてガウディの建造物が鎮座する街です。

滞在期間はもちろんここぞとばかりにガウディの作品を見ましたが、その中でも一番印象に残ったのは「カサミラ」と呼ばれる集合住宅でした。

カサミラはグラシア通りという大きな通り沿いにあり、スペイン語で「石切場」の意味をもつ「ラ・ペドレラ」という異名(建築当初は蔑称だった)がしっくりくる、岩をくり抜いて作られたような外観が人目を引く建物です。

石造りにもかかわらず直線が見当たらないファサードに、石にはびこる植物に見紛うアイアンの欄干、屋上まで続く吹き抜けのコートヤード、兵士の形をした煙突、などガウディらしさ満点で見応えがあります。

しかし、それらは奇抜さだけを求めたわけではなく、吹き抜けのコートヤードは採光と風通し、煙突は給排気と貯水を計算して造られています。

また欄干の鉄はその頃捨てられていたクズ鉄を再利用し、その見た目に加えて建物の強度が補完されるようにデザインされています。

そしてファサードを含めた直線や直角がない構造には「自然の形こそが正しい形であり、人が創造してはならない」というガウディ全ての作品に共通するガウディイズムが込められています。

さらに建物内の家具やタイル、果ては取っ手までガウディがデザインしています。そしてそれらも奇抜な見た目ですが人間工学に基づいて設計されています。

見学してそれらの事実を知ったときは驚き、見た目の奇抜さやおもしろさの中に、住居としての安全性や利便性、その時代には珍しかったサステナブルな素材の使い方、そして自然を尊崇する自らの建築主義が込められていることに感心しました。

そして、家具や取っ手まで自分で設計するなんてガウディは完璧主義者だったんだろうな、とその時は勝手に思っていました。

それから数年後ガウディに関する書籍を読んでいる時に知ったのが「総合芸術」という言葉でした。

ガウディが若かりし頃、バルセロナでは「ワーグナーのオペラを観る」ことが一種のステータスとなり、その風潮の中でガウディはワーグナーの「総合芸術論」を読み心酔します。

その後実際にオペラを観てさらに感化され「自らの建築も総合芸術でありたい」と思い、世界に知られる数々の作品を残していくことになります。

つまりカサミラもガウディの「総合芸術のひとつ」だったわけです。

かくしてワーグナーのオペラを見る機会がなかった20代の私は体験と知識により「間接的に」総合芸術というものを知ることになります。

しかし「自らの料理も総合芸術でありたい」と思うにはさらに数年後、伊藤若冲のある絵と出会うまで待たなければなりませんでした。

次回へ続きます。