料理人の矜持 その8

鸚鵡図

「総合芸術」という言葉を知る約1年前の2012年、その年のクリスマスコースで私はひとつの試みを行いました。

それまでのクリスマスコースは「特別」であり「クリスマスらしさ」があるいつもより少し高めなフルコース、所謂「よくあるレストランのクリスマスコース」を作っていました。

しかし2012年、、正確に言うと2012年「から」クリスマスコースを「ひとつのテーマのもとに作るコース料理」に変えました。

2012年のテーマは「ラヴェルのボレロ」。ボレロの原義は18世紀末にうまれたスペインの「舞曲」です。ご存知の方も多いようにこの曲は同じリズム、ほぼ同じメロディが繰り返されますが、徐々に増えていく楽器が重厚感を生み出し単調ながら壮大さを感じられる名曲です。

「ボレロをテーマにしたコース料理」とは、1皿目はひとつの食材で、2皿目は1皿目ともうひとつの食材で、3皿目は2皿目とひとつの食材で、、、と徐々に食材を増やしていき、10皿目で最も重厚感が出るように作り上げたコースです。

世界観を出すためにメニュー表をオーケストラの配置図に見立て「今どの楽器が鳴っているのか」というのを食材の絵で表すこともしました(文字で説明するとわかりにくいですね)。

これが2012年のクリスマスコースでそれ以降毎年テーマを設けて新たなコースを作りました。

その翌年の5月、 大阪市立美術館で「ボストン美術館 日本美術の至宝展」が開催されます。

(実はその前月にレストランを約1か月間閉めて私は南米に行き、リマの「Central」やブエノスアイレスの「Aramburu」など素晴らしいレストランで食事をし、念願だったウユニ塩湖へも行く、などの経験をしており、多少はそれらが自身の料理に影響してくるのですが、、、それはまた別の話、ということで。)

日本古来の文化財の流出を食い止め日本美術を救った岡倉天心、アーネスト・フェノロサが蒐集しボストン美術館に収められたまさに至宝群が一堂に帰国した素晴らしい展覧会でしたが、その中でも私は一枚の絵にとても惹かれました

それが伊藤若冲の「鸚鵡図」です。この絵こそまさに私に「自らの料理も総合芸術でありたい」と思わせてくれた絵でした(まだその時にその言葉は知りませんでしたが)。

この絵を初めて見た時、まずその透明感に惹かれました。なぜこんなにも透明感のあるオウムが描けるのかと思いよく見ると、下の和紙を巧みに利用して描いていることがわかりました。

それを穴のあくほど見てふと思ったことがあります。

「自分はお皿をこの和紙のように使えていない」

つまり、若冲の絵は描かれたオウムと下の和紙が一体となって完成していますが、私の料理に対してお皿は「料理を盛る器」でしかなく、その絵に比べると未完成だったということです。

それまで私は無地の白いお皿を使うことで「キャンバス代わり」にして盛り付けを考えていました。しかし、それではただの主従関係で「お互いが一体となっての完成」ではないことに気付きました。

日本が誇る和食では食材の色彩と器の景色が融合して、食べる側の心を惹きつけます。 では色彩や景色だけではなく、前年に行ったような「テーマ」を料理にも器にも込めて一体化させたらどうだろうか、という考えが生まれここから「器をめぐる旅」が始まりました。

次回へ続きます。