前回までの「美味しさの窓口は五感のどこか」という考察でもわかった通り、我々はあらゆる感覚を総動員して「美味しさ」を感じていることがわかりました。
その感覚が行き着く先が脳であり、大脳皮質にある第1次味覚野で味の認識を、第2次味覚野(眼窩前頭皮質)で味の認知学習を、扁桃体で味の評価を、視床下部で摂食のコントロールを、行っていると考えられています。
一昔前は目で見たものは脳の視覚野へ、耳で聴いたものは脳の聴覚野へ、情報が送られると考えられていましたが、実は目で見たものも聴覚野へ影響し、耳で聴いたものも視覚野へ影響することがわかっています。これを「クロスモーダル効果」と呼びます。単純な例を挙げると「赤色で着色された液体は苺味を連想させる」というような効果です。
同じような言葉に「マルチセンサリー」がありますが、私の認識ではこれはクロスモーダル効果を引き起こす「手法」の意味合いで使われる言葉だと思っています。
前述のチャールズ・スペンス氏は2004年にユニリーバと協力して「『パリッ』という音を増幅させ被験者に聴かせながらポテトチップスを食べさせると、人々は自分が食べているポテトチップスが実際よりサクサクで新鮮であると感じる事」を実証してイグノーベル栄養学賞を受賞しています。これがマルチセンサリーと呼ばれる手法(現象)です。
つまり「美味しさ」は終着点である脳において様々な信号が作用し合い、形作られていることがわかります。そして、それを研究する学問を「ガストロフィジクス」呼びます。
また別の視点では、龍谷大学農芸化学教授の伏木亨氏は2005年の著書『人間は脳で食べている』で「情報がおいしさを左右し、脳で食べる時代になった』と書いています。
確かに昨今の、多くの物事に対して「コンテンツ(内容)」より「コンテクスト(背景)」に比重が傾いている状況では、飲食もまた然りで極端に言えば「情報を食べている」という場合もあるかと思います。
我々は脳によって「様々な美味しさ」を学習し、そこから味の価値判断をしています。「様々な美味しさ」には、前述のクロスモーダル効果による「美味しさ」に加え、基本的な生理欲求による「美味しさ」、食文化による「美味しさ」、そして情報による「美味しさ」も含まれます。
そしてその価値判断から「好き嫌い」や「『報酬系』作用による『はまる』や『飽きる』」が生まれます。
次回はその部分を少し掘り下げます。